思いのほか不安定なブログ

テキトーなことを書いていきます.

研究室の勉強会に対する違和感

とうとう研究室での活動が始まり、いよいよ大学4年生だなという実感も湧いて来ました。忙しくなるけど頑張るぞ!と覚悟すると同時に、好きなことの勉強に没頭できることにワクワクもしていました。が、早速研究室での活動内容にものすごい違和感を感じてしまいました。

 

基本的に週に2,3回の輪読会(勉強会?)が行われます。研究テーマを決めるまでは、これが主な活動となるのですが、この輪読会(勉強会?)の内容が少しおかしいなと感じました。

 

まず輪読会の内容ですが、これは普通で、指定された書籍もしくは論文などを読んで、パワポにまとめてみんなの前で発表するというものです。問題(だと僕が思っていること)は、一回の輪読会でこなす書籍や論文の量にあります。一回の輪読会における発表者は全部で10人弱といったところなのですが、この十人弱が担当している量の合計はだいたい教科書1冊程度です。つまり、一回の輪読会で教科書一冊を終わらせる事になります。週3冊、月12冊ペースです。読む本も初学者用の軽い本ではなく、教科書です。この分量をこなすことは明らかに凡人には不可能です。当然、発表は教科書の大事な部分もすっ飛ばし、それっぽい用語や図をつかって全体を把握したようなふりをしたものばかりになります。聞いている側も当然理解できません。予習しようにも週に3冊の工学書を読める人など当然この学校にはいません。その結果、発表者は教科書の内容を理解しようとせず、適当な発表資料を作り、聞いている側も全く理解できないのでただただ一日無駄にするということになります。これが週三日あります。

 

寝る間を惜しんで勉強する覚悟はありましたが、これではもはや手の付け所がありません。本当に勉強しようと思ったら、一冊の教科書を仕上げるのに一ヶ月はかかります。この輪読会の時間がただただ無駄に消費されてしまうことがとてもつらいです。本当にこの輪読会の意図していることが理解できないし、このまま流されるままにしていたら自分は間違いなくダメに成ってしまうと思います。研究テーマを決めるまでとはいえ、そんな無駄なことに使う時間なんてありません。が、多くの学生は今の状態に特に不満も無いようなので、輪読会のやり方を根本的に変えてもらうことは難しいのです。結局、自分で勉強して教授に聞きに行くという方法が一番効率的な時間の使い方なのかなと思います。輪読の時間もスマホをいじっている学生もいますので、その時間を自分の勉強の時間に充てるのがいいのでしょう。

 

僕のいる大学はあまりレベルの高いところではありませんが、研究に興味が全くなさそうな学生を見るととても残念な気持ちになります。就職のほうが研究よりも大事なのはわかるのですが、彼らが面接で「僕は何事にも一生懸命取り組みます」なんて言っているのを想像すると、なんだかなぁ。。。